波瀾万丈な 私のダイエット人生

ただ やせたいだけなのに トラブル連続の毎日。 いい女になるのって 大変

昔語り (気持ちが寄り添う時 私編)

今回は かなり 鬱陶しく 気がめいる話です。
お疲れの時は 読むのを 避けるべし。


私の母は、とても 気が強くて 口が悪く
こだわりが強くて 思い込みも激しい。
だから 出来の悪い私は、子どもの頃、
ずっと ボロクソに言われていました。

どうして こんなことができないの?
どうして こんなことを失敗するの?
どうして あなたは 頑張らないの?

ねぇ、頑張るって 言ったよね と。

そうそう、ある年の運動会 1番じゃない私に
「なぜ 早く 走らないの?」と 言われたわ。

今の私だったら 「走れるなら 走りますが」と
言えるけど

子どもだった私は なかなか 許してくれない母に
「お母さん ごめんなさい ごめんなさい 
お母さん ごめんなさい」と 何度も あやまった。

すると 母は言ったわ
「あなたは いつも 私に苦労をかける」と。
(恥じゃないよ、苦労なんだってよ、
それはそれは 悪うございました ┐( -"-)┌)

で、最後は 父と 仲が悪かった母は
いつも 「あなたたちが 可哀そうだから
私は 離婚しないで 我慢をしているのよ」と言う。
(すればいいのにね、誰も 頼んでいないのに ┐(-。ー;)┌ )


母が毒を吐くだけの人なら
とっくに 縁を切ってたんですが
同時に 器用に表現できない
愛情を持ち合わせていました。

なので 私は、ずっと 
母の極端な二面性に 苦しんでいました。

それでも 結婚してから 10年くらいは
実家から 離れた場所に
温かな 居場所ができたので
それなりに 上手く 母とは 付き合っていました。

それが 母が 65才だったかな~

父と母が つくった会社を継いだ弟が、
そろそろ 邪魔だったので 母に引退してほしくて
会社に出てこなくていいよ、
趣味に生きて と 言ったので
母は、仕事を失った。

が、ある日の朝、大きな仕事が入ったのを聞た母は
はりきって 会社の裏にある 弟の家に行き
仕事の内容を聞いた。

もちろん、弟は 手伝いはいいから、と 断ったわ。

すると 母は 
「お前が そーいうふうに 親を馬鹿にするから
××(弟の長男のこと)が
低能で 生まれてくるんだよ」と 言った。
(本当は、もっと 酷い言い方をしたんだ 

弟の長男は 学校の勉強が 事実 とても出来ない。  
でも 言う?

そのうえ 母は 知らなかったと言うが
玄関で 話す 母と弟の声が しっかり聞こえる
玄関横の居間では 嫁ちゃんと弟の子が
ご飯を食べていたのよ。

腹が立った 弟は、母を殴ったわ。
そして、これがきっかけで
弟たちは 家を新たに建て
母たちと 完全別居したの。


それから 1.2年後?経った ある日
母は、足を骨折し 入院した。

自分の入院と 旦那の入院と 次男の入院の時に
母に 長男の世話をしてもらっていたので
母の病院と 1人だけで 実家に住む 父のもとへ 
私は、ほぼ毎日 片道1時間かけて 通った。

行くたびに 母の我が儘に振り回されたぁ~

ある日ね、「病院の御飯がまずくて たまらない。
卵かけごはんが 食べたいから
今度来るときは ××(養鶏所)によって
卵を買ってきて」と 言うので
わざわざ 遠回りして 買って持っていくと

「もう~~、気が利かないわね。
私が、卵かけごはん する時は
いつも 昆布しょうゆでしょ」と
ねちねちと言った。

どこかへ 旅行に行った時 買ったという
昆布しょうゆを 卵ごはんにかけると旨いらしいわ。
が、そんなこと 離れて住む 私が
知っているわけないじゃん!

とーても腹が立ったが 翌日 実家に寄り
昆布しょうゆを 病室に持っていったわ。

すると 母は、「それそれ~」と 言いながらも
売店で買ったという
永谷園のふりかけを ご飯にかけ
「意外と これ旨いわ」と 言いながら 喰った。

(#ノ`Д´)ノ┻┻・゚・バカヤロー

本当に 母は 私を怒らせる名人である。
何度か 後ろから 殴りたい衝動に駆られた。

そうだった、忘れていたが
あたし この人のこと 嫌いだったんだ、と 
思いながら …

が、「相手は ケガ人だ。
退院までの辛抱だ」と 我慢をした。

なのに 退院してからの母は、
なんやかんやと 私を 呼びつけるし
父と 一緒に 泊まりで
私の家に来るようになった。

会うたび 私たちは いつも 言い合いをした。
母と 別れたあとは いつも 風呂の中で泣いた。
そして いつも 最後に つぶやいてた。
「わたし いつか 母を殺してしまうかもしれない」

それは、同時に 私が 大切している 「家族」の
崩壊でもある。
それだけは、絶対に避けたい。
なので 私は、必死に 抑え込んだ。



3年前? もう4年前?
あ~、年を取るもんじゃないね。
どうして そんな流れになったのか 思い出せないが
センターで 副センター長さんと 話してた時
いつの間にか 私は 母の話をしていた。

知らず知らずのうちに
どんどん 子どもの頃の 辛かった話をし
母の悪口を 次から次へとした。

副センター長さんは、
どんなに汚い言葉を使っても 私を責めず
静かに 聞いてくれた。

副センター長さんの 優しさが 沁みてくるというか
そう、副センター長さんの気持ちが
私の気持ちに 寄り添いながら 聞いてくれるんだ。


この人なら 助けてもらえるかもしれない、、、

いや、


助けて ください と 願い、


副センター長さんに
「母は、私のことが 嫌いなんです。
母の望む娘になれなかった
私のことが嫌いなんです。
でも、、、私は それで いいと思っています。
ちゃんと 受け入れています。

だから、、、
もう 私を 束縛しないでほしい
私のことを もう 干渉しないでほしいんだ。

嫌いなんでしょ?
なら あきらめてよ。

いつまでも あれができないとか
これができないとか、
あんなに 時間をかけて できたのは
これ?これなの?とか
あなたが すごいじゃないのよ、
旦那さんよ、息子よって うるさいわ!!

私は、昔のように 何もできない子じゃない。
ちゃんとした 大人になった!」と 言った後


ああああああああああああ 
泣いた。


副センター長さんは、私が 膝の上で
ぎゅーと にぎりしめてた 手の上に
そっと 手をのせ

「お母さんに そのことを話したことがあります?」
と 尋ねた。

私は、首を振りながら
「ありません、あの人 私の話なんか
聞きませんもん」と 答えた。

すると 副センター長さんは にっこりと笑って 
「そうでしょうね、話せないでしょうね。

いいですか、ふーこさん、
人は、気持ちが寄り添っていると思える時にしか
本当のことは 話せないんですよ

きっと あなたたち親子は
1度も 気持ちが寄り添うことがなく
ここまで 来たんでしょうね

と いうことはね、、、
あなたたちは 本当に 伝えたいことを
まだ 言えていないんです。


忘れなさい、、ね、
今まで 言われて 辛かった言葉や悲しかったことや
言ってしまった 酷い言葉や すべてを。

あなたは 自分に 罰を与えるように
今まで 何度も それを 忘れないように
思い出しているのでしょうが
そんなことは 必要のないことでね 

あのね、、、 
もう いいんだよ」と 言われた。


私は、これには 脱力した。
すごーーい癒しの言葉を
言ってもらえるかと思いきや
「忘れたら~」だもん。

それが、簡単にできたら みな 苦労はしませんよ。
ねぇ?

私が、不満を口にすると 副センター長さんは 
「じゃあ、僕のそばにいなさい
どうでも よくなって
どんどん 忘れていくから」と言い
私は、副センター長さんのいる 
青少年なんちゃら課に 異動になった。


で、不思議なんですが
健忘症になった? と 思うほど
私は このあと 副センター長さんに 癒されて
母からの 辛い言葉を 忘れていくの。

特に 去年1年は すごかったよ。
GReeeeNの 『ミセナイナミダハ、きっといつか』
じゃないけど

大丈夫と 言われるたび もういいよ^^ と
言われたような気がしてさ、救われたんだ。 




そんな話を 今月中には
すべて 書き上げたいと思っているのに
また 長く なってしまったぜ。

次こそ 『気持ちが寄り添う時』を
まとめ上げたい!!



<追伸> アンケートに
ご協力 ありがとうございました。
これには、面白い話があるんだ。
これも 近いうち 書こうと思っています。
待っててくださいね。

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コメント

この歌 泣けてくるのはなんでだろう

返信

どんぐりん さんへ
それはね あなたが 疲れているからです。
ね、頑張ったら 疲れるのは あたりまえです。
ちょっと 休みなさい。

BY 副センター長 ^^

他人事じゃない…私とかぶるような歴史だね…

返信2

カミチャンさんへ
君も そうだったね。v-390

世の中、けっこう 多いみたい。
センターにも いっぱい来る。
みんな 負けないでほしいよ

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プロフィール

furufuru ふーこ

Author:furufuru ふーこ
私は、55歳の主婦。
旦那、社会人の2人の息子の4人家族。
2009年の2月、158センチ72キロで、ダイエットスタート。
目標の標準体重(54.9kg)以下に ほんの一時期なったんだけどね ><