波瀾万丈な 私のダイエット人生

ただ やせたいだけなのに トラブル連続の毎日。 いい女になるのって 大変

ボチボチなんてもう無理

<今回は 前記事の続きです>

カリスマ医師・I先生は、2年前
母校の大学病院を定年されて
今は、関西の ある療育センターの所長さんを
されている。

それまでは、母校の大学病院と
他の大学病院4か所で
発達外来で 診察してみえた。

あと いろんな会(NPO法人)の
統括ディレクターも されていた。

そんな忙しい先生だったが
うちのセンターでも 個別相談を
週1されていたのよ。

そのあたりの詳しい話は
別なブログ、『普通って なんでしょうか?』を


弾くんは、大学生の頃 学校の帰り
センターによって ボランティアしたり
I先生や職員さんたちと ご飯を食べたりしてたから
あたしも 何回か 彼に会っているの。

そうそう、
この頃は 亨や陽介も
センターに 通っていたわ。

ある日、弾くんが、
駅前にある でかい家電量販店に行ったと言うから
あたしは、驚いて、
「あそこ、音凄いけど 大丈夫だった?」と聞くと
「大丈夫だったよ」と言うの。

これまた 驚いて、
迎えにきた 諸星さんに
「最近 弾くん 音 大丈夫なんだね」と聞くと

「I先生が 教えてくれたけど
喘息の既往症のある子って
『可聴域』が広くなっていて

聖徳太子みたいに
部屋にいる人全員の声が 聞き分けられたり
通常の人には 聞こえない超音波が
フツーに 聞こえたりするんだって。

弾、
ネズミ捕りの(スピード違反を取り締まる)機械から
出る音も 犬笛も 聞こえていたのよ」
と言われた。

ぉお!!(゚ロ゚屮)屮 犬笛までとは!!

あと 弾くんは 
わずかな地鳴りも聞こえていたので
地震も 気象庁より早く 来るのが
わかるんだって。

諸星さんは 「こういうのは ほっといても
二十歳を超えるあたりから
徐々に聞こえなくなっていく」と
I先生に 言われたそうだが
大学病院の耳鼻科で 治療したそう。

すると 途端に 問題行動を起こすことがなくなり
しっかり 睡眠をとれるようになったので
生活のリズムも 整い
穏やかに 大学に通い
そして 正社員で 就職できた。

彼が 就職した会社は
1. しっかりした マニュアルがある。
2. 彼の好きな分野。
3. それを 学生に教える。 

臨機応変に 対応するのが 下手で
でも 好きなことには とことん 頑張れて
うんちく語るのが 大好きな弾くんに
ぴったりだった。

水を得た魚 だったよ。

彼は 社内で 大変 評価され
資格試験も 次々 受かり
どんどん 昇格していき
丸3年が 無事に過ぎた。


が 4年目に入った 今年の春から
朝、弾くん1人の力では
起きられない日が出てきた。

朝ごはんを食べないで
出勤する日も 出始めた。

心配した 諸星さんが
K先生に 相談すると
「仕事の量が 彼には 多すぎるのよ。
疲れがたまってきているじゃないの?

親が 手伝わないと 仕事に出かけられないなんて
もう 危険なレベルに 近づいている。
もともと 体力のある方じゃないし
どう、契約社員に 変わったら」と言った。

それで 諸星さんは、弾くんと話し合ったが
彼が 激しく 拒否したので
そのままの状態を続けることになった。


夏前までは 大丈夫だったんだ。

が、彼の仕事は、学生相手なので
7月に入ると 非常に 忙しくなり
毎日 朝8時から 10時までの勤務。
休みも 週に 1度取れるかどうかの勤務が
7.8と 2か月も続いた。

折もあろうに 7.8月は
勉強会が 夏休みなので
先生と 諸星さんは 会う機会がなかった。
(メールのやり取りはしていたそう)

夏休みが終わって 9月、
また 勉強会は 始まったが
諸星さんは 来なかった。

初めは きちんと 「休みます」と
連絡が入ったが
10月になると その連絡もなくなった。

こちらからの電話に 出ないし
メールにも 返事が返ってこなくなった。
K先生は、家にも行ってみたが
誰も 出てこなかったそうだ。


今月の10日、
I先生も 参加しての ミーティング。

諸星さんのことを聞いて
I先生が、「大成功って 怖いの。

親の喜んだ顔を 一度 見ちゃったら
子どもは、苦しくなってきても
辛いと言わないの。
だから 気づくのが 遅れるのよね。

やはり ぼちぼちが 1番」みたいなことを
言われた。

I先生は、私から見れば 雲の上の存在でして
K先生や 私が尊敬している 副センター長サンでも
困った時 相談に行くくらいのレベルの方。

なので 黙って聞いていたが、、、、


先生、ひどいよ。
なんか 大成功したこと 喜んだ 諸星さんが
いけないみたいじゃん。

正社員の話が来た時
「ぼちぼち 行った方がいいので
契約社員か はたまた 障害者枠で」 と
言えば 良かったのですか?

でも みんな この仕事
彼に 向いていると思ったんです。
ここなら 正社員でも ぼちぼちと
働いていけると思ったんです。

でも 向き過ぎて 上手くいきすぎて
そして 我々は 確かに 喜びました。
それで 彼は スピード出し過ぎてしまった。
それを 我々は 止めれなかったけどさ …


私の1番メインの仕事、
かかわっている 親の勉強会は、
「20歳以上の 問題を抱えた子を持つ~」が
頭に付く。

ほとんどの方は 20年以上 悩んでいて
私と同じく 50歳以上である。
そう、長いんだ、みんな。

親にとって 子の先が見えないということは
30代でも 40代でも 50代以上でも
苦しいことだけど

年を取った分
「私は あと何年 頑張れるんだろうか? 」という
不安が プラスされて さらに苦しいんだ!

年を取ると
人間関係に 「ため」が なくなってくる。
待てなくなってくるんだ!!

どの方も 長ーく 頑張ってきているから
疲れが たまっているんだ!!!

諸星さんは 私より 3つくらい 年上。
つまり 弾くんが 就職が決まった時の諸星さんと
今の私は、ほぼ同じ年なので
よーく わかる。

そろそろ 「やれやれ」が欲しいんだよ!!!!


むしゃくしゃしながら
事務室に 戻ると
小塚君がいたので 愚痴る。

すると 小塚が、言った。
「ふーこさんの気持ちも わかりますが
ガンジーが 言ったでしょう~
善きことは カタツムリの速度で動く」と。

ガンジー

その言葉に ブチ切れた私は
「老眼が進んできた 50代の目には、、
カタツムリの歩みなんか
みえません!!」というた。


つづく


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プロフィール

furufuru ふーこ

Author:furufuru ふーこ
私は、55歳の主婦。
旦那、社会人の2人の息子の4人家族。
2009年の2月、158センチ72キロで、ダイエットスタート。
目標の標準体重(54.9kg)以下に ほんの一時期なったんだけどね ><